Fancy Free File

永田泰大氏が週イチくらいでお届けするナノコラム
2017-07-29 vol.275(シーズン3最終回)

[お知らせ]シーズン3は275回をもって最終回を迎えました。これからのFancy Free Fileについてはこちらをごらんください。→Fancy Free Fileとは?(文・永田泰大)
●シーズン4はインスタグラムで更新しています

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永田泰大(ながた・やすひろ)
1968年生まれ。
週刊ファミ通編集部から一瞬のフリーランスを経て現在、ほぼ日刊イトイ新聞に勤務。
この Fancy Free File の連載は古く、2003年5月よりじつに10年以上続いている。
(連載当初のシーズン1、シーズン2はアーカイブされていません。現在のシーズン3「ナノコラム編」も予告なく削除される可能性があります)


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“Fancy Free File” への9件の返信

  1. ひっそりと開かれた場所にこっそりとやってくる、
    のも勿論楽しさのひとつなのですが、

    多くの人に永田さんの言葉が届きますように。
    折田さんのデザインと共に。

    今まで楽しく読ませて頂きました。
    新シリーズも楽しみにしております。
    わたしもこれを機にインスタグラムと仲良くなろう。

  2. 続けるというのはすごいことですよね。

  3. 久しぶりの電車移動の中で、久しぶりにこちらのサイトをまとめよみしました。
    別にぼーっとしててもよかったんだけど。
    ネット依存性だなー、と自分でも思いました。

  4. すごくひさしぶりに読みに来ました。
    たまに、ふと思い出して、急に読みたくなってしまいます。

    猫の干支の話にくすりとしてしまいました。

  5. あぁ、やっぱり本にしてほしい。面白いです。

  6. あけましておめでとうございます。
    数ヶ月に一度、思い出したようにアーカイブをまとめ読みするのが、
    私のひそかな楽しみ。
    ではまた、数ヵ月後。

  7. vol.113によせて。

    なにか、決意のような
    繰り返しの言葉はラヴェルのボレロのような
    切迫した決意のようなものを受け取りました。
    何が、あったのでしょう。
    何が、あったとしても、
    この言葉の意味と重みは揺るがないのだな、と
    伝わります。
    悲しみが、ほのかに見え、
    怒りが、透けてみえる掌は
    拳でなく、開いているのが
    読み手にとっては救いかと思います。
    遠いようでいて、一瞬、近くに感じたのは
    共感が見せた蜃気楼のようなものでしょうか。
    それは逃げ水かもしれませんけど。

  8. いつも軽妙でくすりと笑えるシリーズなだけに、vol.113にはぞくりとしました。いいな。覚えておきたいな、と思った言葉。

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