Jホラーの復習|01

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黎明期

邪願霊1988年、Jホラーの最初の作品とされている『サイキック・ビジョン 邪願霊』がリリースされる。小中千昭がはじめて脚本を手がけたこの作品はフェイク・ドキュメンタリーの体裁をとっていて、独りで観ることの多いレンタルビデオの特性を活かし、あたかも実際に心霊現象が起こったのかのような効果を上げている。心霊写真のようにぼやけて映り込む幽霊や、度重なるちょっとした怪異など、実話怪談的なリアルな恐怖演出は以降のJホラー作品に潜在的な影響を与えている。

1991年、オムニバスホラー『ほんとにあった怖い話』がオリジナルビデオとしてリリースされる。企画発案・監督はこれがデビュー作になる鶴田法男。脚本は『邪願霊』の小中千昭が手がけているため、流れからすると『邪願霊』をきっかけに脚本を依頼したように思ってしまうが、実際は鶴田が用意していた脚本をリライトしてもらうために、製作側が引き合わせたそうである。
ほんとにあった怖い話[第二夜]この1作目の売れ行きの良さからすぐに続編『ほんとにあった怖い話 第二夜』がリリースされる。ここに収録されている「夏の体育館」「霊のうごめく家」での演出が黒沢清や高橋洋などに大きな影響を与え〈小中理論〉と称され、実質的なJホラーの原点となった。
1992年には第3作目『新・ほんとにあった怖い話 幽幻界』、1993年には「月刊ムー」を原作にした『戦慄のムー体験』が同じスタッフで制作される。
ちなみに同名のマンガ雑誌を原作にしたこのシリーズはビデオ作品からフジテレビに場所を移し、鶴田法男をメイン監督にして現在も続いている。

呪死霊

1992年4月にテレビ朝日系列でオムニバスドラマ『本当にあった怖い話』(先の『ほんとにあった怖い話』とは無関係)の放送がスタート。中田秀夫が3話分(「幽霊の棲む旅館」「呪われた人形」「死霊の滝」)を監督、そのうち「幽霊の棲む旅館」「呪われた人形」の脚本を高橋洋が担当し、ここで後の『リング』コンビが偶然出会うことになる。中田秀夫は今作が監督デビューで、高橋洋はデビューではないけれど、ホラーの脚本ははじめてだったそうである。
塩田明彦脚本の「死霊の滝」と比較すると、明らかに新しいホラーを目指していることが判るが、この時点ではまだ高橋洋が目指す幽霊表現を中田秀夫と完全には共有できなかったようで、やや散漫な印象が残る。特に「幽霊の棲む旅館」におけるいくつかの試みは、そのまま『女優霊』でブラッシュアップされるため、主演が同じ白島靖代ということもあり、『女優霊』のプロトタイプとして見ることも出来る。

学校の怪談 第一巻1994年1月から関西テレビで『学校の怪談』の放送がスタート。小中千昭がシリーズ構成をつとめた全11話のシリーズで、うち3話「花子さん」「音楽室の少女」「あの子はだあれ?」の監督を黒沢清が担当した。黒沢清はこれまでにも『危ない話 夢幻物語「奴らは今夜もやってきた」』『スウィートホーム』『地獄の警備員』などのホラー映画を撮ってはいたけれど、いずれもまだ『悪魔のいけにえ』や『死霊のはらわた』を意識したアメリカ映画的なスタイルで、〈小中理論〉の洗礼を受けてからは、今作が初のホラー作品になる。
黒沢清自身、この頃は鶴田法男と小中千昭の影響を受け真似していたと公言しているけれど、もとからの作風(長回しや小道具など)と相まって独特な空気感を生み出している。

リング完全版1995年8月。フジテレビで2時間ドラマ『リング』が放送され、小説『リング』がはじめて映像化される。後の映画版より設定は原作に忠実ではあるけれど、原因や謎解きを映像で説明しすぎてしまったことにより、得体の知れない不安感や忌まわしい雰囲気はそがれてしまっている。
今作の脚本の飯田譲治は90年代のホラードラマや映画にはかかせない人物であり、このあとも『らせん』や『幻想ミッドナイト』などに携わるが、いずれもJホラーの流れで語られないのは、ホラーに対する価値観の変化を象徴しているのかもしれない。
(つづく)

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